▽テキストサンプリング Vol.008

 様々な本、コミック、映画などから一文を抜きだして紹介するシリーズです。その一部分だけでも面白い物を選びます。その一部分からなんとなく全体を想像してみてください。


眼にて云ふ



だめでせう

とまりませんな

がぶがぶ湧いてゐるですからな

ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから

そこらは青くしんしんとして

どうも間もなく死にさうです

けれどもなんといゝ風でせう

もう清明が近いので

あんなに青ぞらからもりあがって湧くやうに

きれいな風が来るですな

もみぢの嫩芽と毛のやうな花に

秋草のやうな波をたて

焼痕のある藺のむしろも青いです

あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが

黒いフロックコートを召して

こんなに本気にいろいろ手あてもしていたゞけば

これで死んでもまづは文句もありません

血がでてゐるにかゝはらず

こんなにのんきで苦しくないのは

魂魄なかばからだをはなれたのですかな

たゞどうも血のために

それを云へないがひどいです

あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが

わたくしから見えるのは

やっぱりきれいな青ぞらと

すきとほった風ばかりです。

『疾中』 宮沢賢治

 なんとも凄い詩である。結核により病床にあった賢治が書いた『疾中』には死に際に立った人間の心情が書かれている。

「あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが

 わたくしから見えるのは

 やっぱりきれいな青ぞらと

 すきとほった風ばかりです。」

 このとてつも無く美しい部分を読むと、賢治は死などをまったく恐れていないように感じる。しかし、他の詩を見る限り、病気はやはり苦しかったようだ。しかしそれを賢治は耐えて克服していったのだと思う。


〔こんなにも切なく〕



こんなにも切なく

青じろく燃えるからだを

巨きな槌でこもごも叩き

まだまだ練へなければならないと

さう云ってゐる誰かがある

たしかに二人巨きなやつらで

かたちはどうも見えないけれども

声はつゞけて聞こえてくる

 (モシャさんあなたのでない?)

返事がなくて

ぽろんと一音ハープが鳴る

『疾中』 宮沢賢治

 賢治は病気の苦しみに耐える。そして聞くのである。ぽろんというハープの音を。

最後に病床であるにもかかわらず、とても静かで、穏やかで、なんか幻想的でもある詩を。

「たけにぐさ」とは、ケシ科の多年草で山野や荒地に生え、高さ一〜二メートルになり、茎は中空で、葉は菊に似て大きく、裏面が白い植物の事です。そして、茎や葉に有毒の黄褐色の汁を含みます。


病床


たけにぐさに

風が吹いてゐるといふことである



たけにぐさの群落にも

風が吹いてゐるといふことである

『疾中』 宮沢賢治