▼『文学刑事サーズデイ・ネクスト1』荒唐無稽、本好きのための物語

"文学刑事サーズデイ・ネクスト/ジェイン・エアを探せ!"
ジャスパー・フォード
UK(2001)
ヴィレッジブックス

 わたしの父は時計をとめられる顔の持ち主だった。醜いとかそういう意味ではない。これは時間警備隊(クロノガード)特有の言いまわしで、時間の流れを超スローにできる者という意味である。

 以上のような、なんとも言えない魅力的な文章から始まる『文学刑事サーズデイ・ネクスト/ジェイン・エアを探せ!』の舞台は1985年のイングランドではあるが、現実の世界とは少し異なっている。マイクロチップがいまだ開発されていないので、機械製品はローテクである。ジェットエンジンも無いので、空の旅行には飛行船が使われている。しかし遺伝子工学は発達していて絶滅種ドードーがクローン再生され人気ナンバーワンのペットだったりする。イングランドはゴライアス社という巨大企業に支配されていて、帝政ロシアとのクリミア戦争がいまだに続いている。ウェールズは共産化して独立して敵対国と化している。一番人気の娯楽が文学で、音楽やスポーツなどよりもはるかに人気があり、シェイクスピアバイロンディケンズがヒーローなのである。さらに吸血鬼や人狼も生息し悪役は超能力者である。

 そんなパラレルワールドを舞台にした奇想天外な冒険小説が本書である。まず魅力的なのがスペックオプス(略してSO)といわれる特別捜査機関の存在である。これは警察では扱わない、または特殊な能力を必要とする事件を扱う組織で、全部で三十部局ある。SO-30という近所のもめ事の解決を専門とするSOを始め、SO-27は文学刑事局、SO-24はアート犯罪局といった感じである。しかしSO-20以下の局は一切が秘密とされ、その局の人間以外はどんな組織が存在するかも知っていない。一部漏れている情報としてSO-17吸血鬼・狼人間処分局、SO-12特別時間安定局(クロノガード)、SO-5テロ対策局などあって数字が低いほど秘密度も階級も高いと言われている。主人公サーズデイ・ネクストの所属しているのはSO-27文学刑事局で、この世界で一番の娯楽となっている文学に絡んだ犯罪を捜査する局である。文学に絡む犯罪といってもニセの初版本を売る詐欺事件などの取り締まりや、贋作の鑑定、著作権の侵害にからむ事件などが主な仕事である。

 物語はサーズデイの叔父であるクレイジーな発明家が、本の世界を行き来できる装置を発明したために起こる事件の話である。シャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』の登場人物たちが現れて、またはサーズデイが『ジェイン・エア』の世界に入り込み、そこに超能力者やシェイクスピアの逸話やタイムトラベルし続ける元クロノガードであるサーズデイの父親、様々な部局のスペックオプスの曲者どもが入り乱れる冒険活劇だ。

 物語には続編『文学刑事サーズデイ・ネクスト2/さらば、大鴉』もあり、スペックオプスには他にどんな部局があるのか、どんな超能力者がこれからも登場するのか? そんな感じでシリーズ物としても楽しめるようになっている。本国では既に4作まで出版されている。

 物語の核となっているのは『ジェイン・エア』であるが、作中でストーリーの大まかな解説がされているので読んでいなくとも大丈夫だ。しかし作中の『ジェイン・エア』と現実のソレとは大きく違っている点もある。そこがポイントになっているので本物の方のあらすじも知っていた方が楽しめる。でも心配する事はありません。新潮文庫の『ジェーン・エア』の背表紙にかいてあるあらすじを読むだけで充分であるからです。本屋で立ち読みしておきましょう。(上下巻とも)

 本書の欠点は”何でもあり”なところにある。荒唐無稽でも、ある法則なりルールがしっかりしていれば展開に納得がいき、ハラハラもするのである。しかしあまりしっかりしたルールが無いと、どんな事でもありえるご都合主義的な展開にならないかと心配してしまう。たとえば本の世界に入れるというのは魅力的な設定だけど、本と本でない物の境界ってどこにあるのだろう? 例えば簡単な走り書きをした紙っぺらでも、その世界に入れるのか? 物語の無い本の世界に入り込むとどうなるのか? 世界感の無い、登場人物も無い物語のに入るとどうなるのか? 本や物語というしっかりとした定義がなされない物が対象になると、その境界があやふやで、ついつい余計な事まで考えてしまう。

 しかし本書はそう言った曖昧な部分は吹っ飛ばしても面白く読めるように、物語の展開とキャラクターの魅力に重点が置かれているので、細い事は気にせずに読めば楽しめる。

 本の世界に入れるという設定も、超能力者やモンスターの登場も、パラレルワールドイングランドも良いが、とにかくスペックオプスという設定の妙で読ませる娯楽小説でした。

文庫: 文学刑事サーズデイ・ネクスト/ジェイン・エアを探せ!
本: 文学刑事サーズデイ・ネクスト2/さらば、大鴉

文庫: ジェーン・エア (上)

文庫: ジェーン・エア (下)