▼コミックス『林宏』 サスペンスと画力

"林宏"
袈裟丸周造
Japan(2005)
集英社 ヤングジャンプコミックス

『林宏』である。"はやしひろし”と読む。集英社が言うには「10年に1人の天才 読めばわかる」という事である。いや、林宏が天才なのではなく、袈裟丸周造(けさまるしゅうぞう)という漫画家の事であって『林宏』とは彼の書いたコミックスのタイトルである。

 袈裟丸のデビュー単行本らしいこのマンガは、ヤングジャンプに短期連載された物らしく一巻で完結。そして下手くそな絵があしらわれた表紙。そこに「10年に1人の天才」という帯が付けられている。裏には「林宏は、ある組織のエージェントで今回の指令は暗殺」みたいな事が書いてある。映画『ニキータ』のような話ではないか! でヘタな絵である。ヘタな絵のストーリーマンガには要注意しなくてはならない。なぜかと言うと、「こんなヘタな絵なのにデビューできたって事は、ストーリーや構成力など、マンガの主要素である絵柄意外の部分がかなり優れている証拠なのかもしれない!」とついつい思ってしまうからだ。ギャグマンガの場合、昔のヘタウマやシュールマンガのブームもあって「絵もヘタだが、ギャグもヘタ」っていうのが一時期あふれていたので、どうでもいいんですけどね。

 そんなわけで衝動買いしてしまいました。

 内容はもろインディーズの低予算映画にありそうな感じで、サスペンスフル。映画『フォーン・ブース』や『Saw』の様に劇的な展開して行くのかなと、とけっこうドキドキしながら読んでました。

 しかし、マスクである。『ルパン三世』に出てくるようなあのゴムせいの変装マスクが出てくるんである。しかも予め用意しておいた精巧なマスクなのかと思っていたら、即席で作っちゃたりする。何でもありなマンガなんで、何でも切れちゃう斬鉄剣とか、指先から出る火炎放射器とか出てきても不思議ではないですね。

 まあ、他人に成りきれる技術がないとこのマンガが成立しないので、有りだとは思います。

 結局内容は、ターゲットである牛山という男だけは一流だったかも知れないけど、林宏も他のエージェントもバックアップしている組織すらも二流。って話でした。至近距離で使うかもしれない爆弾を渡しておいて耳栓は渡さないって素人仕事でしょ。

 しかし、サスペンスの書き手としてはかなり上手いところもあって、毎週いいところで次週につなげている感じで、雑誌連載時は相当面白かったと思いますよ。編集者もその事わかっているんで、単行本にもかかわらず、いちいち「つづく」を入れて話を区切っています。テレビドラマをDVDでまとめて見ている感覚です。

 人物の描写もしっかりやっていて話を面白くしています。

 サスペンスはたとえ荒唐無稽な話でも、展開に説得力が有るか無いかって重要で、例えば小道具や背景がしっかり描かれていれば、結構それだけでリアリティ出たりするんで、やはり絵の上手さは重要。

 深夜の高速バスに、夜の砂丘と、雰囲気最高な舞台を用意しているので、この絵が上手かったらかなりの傑作になっていたかも知れない。

 だから次はアシスタントたくさん使うとか、原作とネームに専念するとかするという手も。

 あと、なんか望月峯太郎を思い出してしまった。望月の方は絵もうまいから、到底かなうわけも無い。

 だけど袈裟丸周造には独自の持ち味も感じる。だから次作も買ってしまうかも。

コミックス: 林宏