『シジン』Miruz

シジン

Miruz
「じゃあな、明日まってるよ」
そう言って電話を切った。
相手の名はカオリ。オレの無二の親友シンジの最愛の恋人だ。シンジとは高校の時知り会い、そして親友になった。高校卒業後、二人は学校こそちがうが、同じ都内の大学に進学した。
一緒に上京し、三回生になる今でもつき合いは続いている。最近も頻繁に会ってるし、親友であることには変りは無いと思う。
二年前にシンジにカオリという恋人ができた。しかし一ヵ月ほど前、カオリとオレは寝てしまった。カオリを愛してしまったからか。いや、ほんの気まぐれからかだ。それとも、もしかしたら、オレとシンジの間に割って入ってきたようなカオリに対する嫉妬心なのか。
とにかく誘いをかけたとき、それほど抵抗無くカオリはのってきた。そしてオレの住むワンルームマンションでカオリを抱いた。それ以来週に一回くらいのペースで彼女は部屋にやって来た。
生真面目なシンジは、オレの部屋に来るときは必ず電話を一本入れてくるし、鉢合せになる心配はまずなかった。今もカオリと明日この部屋で会う約束を電話で交わしたところだった。
オレはカオリに対して本気になり始めているのかな。
もうカオリはオレに対して本気になっているのかな。
そんなことを考えながら窓の外に目をやってみた。四階建てのマンション。二階のこの部屋の窓の外は空き地。夕方、そろそろ暗くなり始めてきた。カーテンを閉めようと手をかけたとき、
突然ドアを叩く音が聞こえてふり返った。
なんだ、勧誘かセールスか、よび鈴があるのになぜノックする。ドアに向かい、除き穴を見てみる。
シンジがいた。
広角レンズでゆがんでいるからはっきりとはわからないが、うつむき青白い顔をしたシンジがそこに立っていた。まさかカオリとの関係がばれたのか。いや、まだ知っていると決まったわけではない。ドアを開けた。
「どうしたんだ、突然」
なんとか声を震わすことなく言えた。シンジは下を向いたままだ、やっぱりカオリのことか。
「しをもってきたんだ」
ぽつりとシンジが言った。
「えっ」
突然の言葉にオレは驚いて答えた。
「詩だよ、詩を書いてきたんだ」
「詩。なんだよ薮から棒に」
「お前に読んでもらって、評価して欲しいんだ、できを」
「まぁ、とにかく入りなよ」
どうやらカオリとの事がばれたのではないらしい。ほっとして部屋に入れた。シンジはふらふらと歩くと、窓を背にし、テーブルの前に腰を下ろした。
「どうしたんだシンジ、顔色は悪いし、具合でも悪いんじゃないか、歩き方も変だし」
「寝ないで、書いたんだ詩を」
「寝不足か。だけど今まで詩なんて書いたことあったけ、突然文系に目覚めたのか」
「寸評を聞きたいんだよ、一生懸命書いたし」
「でもオレにそんなことできないよ、国語は苦手だし、歌の歌詞だってそれほど気にして聞いたことないしさ。読む本といえば最近はマンガばかりだ」
「とにかくちょっと読んでみてくれ」
言いながらシンジはポケットから一枚の便箋を取りだした。そこには、しっかりとした文字でこう書かれていた。

  僕は二つの宝物とであった
  一つは黄金
  一つは宝石
  二つともまばゆいばかりに輝いて
  僕を照らしてくれる
  黄金のカガヤキは僕を楽しませる
  黄金のカガヤキは僕を浮かばせる
  黄金のカガヤキは僕を踊らせる
  だから僕は僕の右目を黄金の様にカガヤカせて
  その黄金を照らしてあげたい
  宝石のカガヤキは僕を安らかにしてくれる
  宝石のカガヤキは僕を夢見心地にしてくれる
  宝石のカガヤキは僕の力を増幅してくれる
  だから僕は僕の左目を宝石の様にカガヤカせて
  その宝石をを照らしてあげたい

読み終わって考えても、オレには内容がいまいちわからない。
「ごめんよ、なんかよく意味がわかんなくて、でもなんとなくシンジの純粋さが伝わってくるような気がしていいんじゃないか」
相変わらずシンジはうつむいたままだ。
「その詩の意味なら簡単だよ、黄金は親友で、宝石は恋人さ」
「えっ」
オレは自分の中に恐るべき羞恥心と後悔の念がわきあがってくるのを感じた。しかしそんな自分のひどさをおし込めようという意識が働いたのか、オレは冷汗をかいているのを何とか隠し、こう答えた。
「宝石はカオリちゃんのことか、ホント好きなんだね。黄金って誰、もしかしてオレのことかな、はははは…」
ろれつが回らない、目も泳いでしまっている。シンジは黙って下を向いている。なんとか冷静になった。窓の外は日が沈みかけていて、暗くて蒼い。
「でも、なんか赤面しちゃうような詩だね。まぁそこがシンジらしいんだろうけどさ」
「──それにはまだ続きがあるんだ」
シンジはもう一枚の便箋を出してみせた。そこにはまた彼の字で、しかし、少し崩れた字でこう書かれていた。

  黄金はメッキだった
  あの輝きはニセのカガヤキだったのか
  僕の右目のカガヤキが鈍かったからか
  宝石もただの石だったのか
  あのカガヤキはニセのカガヤキだったのか
  僕の左目のカガヤキが鈍かったからか
  ニセのカガヤキに照らされていた僕
  だから僕の右目からは黒い光線が出てきた
  だから僕の左目からも黒い光線が出てきた
  黒い光線は
  黄金のメッキをはがして鉛をさらけ出さす

なんということだ、ばれていたのだ。シンジはカオリとオレの関係を知ってしまったのだ。この詩はそういう意味に違いない。どうすればいいんだ。
オレは顔をあげるのが怖かった。シンジの顔を見ることが出来なかった。詩を食い入るように見つめ続けていた。
消え入るようなシンジの声がした。
「その詩のタイトルはイショて言うんだ」
遺書。
驚いて顔をあげた。そこにシンジの姿はなかった。たった今まで目の前にいたはずのシンジがいなかった。
呆然とするオレ。そのとき窓の外に人が落ちていくのが見えた。
鈍い音がした。
慌ててベランダへ出て下を見る。シンジが落ちていた。
屋上から飛び降りたのか。シンジはうつぶせに倒れ、ぴくりとも動かない。変な形に身体が折れている。
シンジは死んでしまった。親友と恋人、一度に二人に裏切られて。
さっきまでこの部屋にいたはずのシンジ。いつ屋上に。
でもオレにはそんなことはどうでもよかった。
見てしまったのだから。
飛び降り、落ちていくときの、オレを睨むシンジの眼を。

Shijin
1999/09/23初
2003/05/28改