▼『ブラザーズ・グリム』グリムとギリアム
"Brothers Grimm" |
Terry Gilliam |
USA(2005) |
Official Web |
『ブラザーズ・グリム』を見に行ったのは、監督がテリー・ギリアムだったからだ。
ギリアムは『モンティ・パイソン』の一員で『モンティ・パイソン/フライングサーカス』のオープニングやコントの合間にある切り抜きを使ったアニメーションを作っていた人。たまに出演もしている。そんないかにもイギリス的なギャグセンスの集団の中に交じっていながらもアメリカ人である。
彼は自分で脚本も書き、監督もした『バンデットQ』を撮る。これがイギリス的なセンスの爆発した傑作だった。ビートルズのジョージ・ハリスンがギリアムにほれ込んでプロデュースと主題歌(この映画のラストにふさわしい名曲)まで担当。『モンティ・パイソン』のメンバーも出演。
しかし子供が主人公でファンタジーの顔していながら、かなりブラックな一面もあり、アメリカ公開時に一部が(ラストなど)がカットされる。日本での劇場公開バージョンもこのアメリカ版だった。(DVDやビデオでは完全版が見られる)
今でも私はこの『バンデットQ』が大好きで、ギリアムの最高傑作だと思っている。
晴れて傑作映画をモノにしたギリアムはハリウッドで映画を撮る事になる。それが『未来世紀ブラジル』である。この映画はジョージ・オーウェル『1984』の様な近未来の管理社会の恐怖を描いた作品で、レトロなガジェットを詰め込んだ未来世界の風景といい、キッチュなデザインとイメージとイカれたキャラクター盛りだくさんの極めてアイロニカルな映画だった。
元々社会に従順だった主人公がある女性を愛してしまった事から、社会に対抗しようと奮戦するが、結局社会から抹殺されてしまう悪夢のような映画である。しかもその主人公の好きになる女がかなりどうしようもない感じの女で、見ているこっちがイライラするほどである。そんな女に入れ込む主人公の転落人生は他人事では無い!? とそんな作品であるために結末は悲惨なバッドエンディングである。
しかし、ハリウッドでは基本的にバッドエンディングは御法度である。ギリアムはハッピーエンドに改変しろというプロデューサー側の要求を受け入れず、大喧嘩が始まる。この最終編集権を巡る争いは『バトル・オブ・ブラジル』という本に詳しい。
まだ新人監督に過ぎなかったギリアムは情熱で最終編集権を勝ち取り映画は晴れてバッドエンディングとなるが、ヨーロッパ公開版や日本公開版と違ってアメリカ公開版はラストの悲惨さが弱められているらしい。
ギリアムが書いた脚本はアカデミー賞候補にもなる。
『未来世紀ブラジル』は映画史に残るであろう傑作だったために、ギリアムは大物監督の仲間入りをはたす。その後作られたのが『バロン』という大作のファンタジーである。
『ほら男爵』をモチーフとして、またもや彼が脚本を書いた『バロン』は壮大でファンタジックな場面の連続で、奇妙なお伽話をそのまんま映像化してしまった様な物だった。当時はまだCGの技術などあまりないので、豪華なセットをいくつも組み膨大な費用がつぎ込まれてこの大作映画は作られた。
『バロン』公開前に監督はインタヴューで「自分の子供に見せたくてファンタジックなこの映画を作った」みたいな事を言っていた記憶がある。
しかし映画は大コケしてしまうのである。製作費は回収できずこの時係わった制作会社が一つ倒産したそうである。
だが、『バロン』は面白く、壮大でちょっと俗悪でセンスがよくてアイロニカルなセンス・オブ・ワンダーなギリアム的な世界は『バンデットQ』『ブラジル』『バロン』の三作品によって堪能出来る。
「我が子のために作った」映画で大赤字を出したギリアムはその後自分らしい映画を撮れなくなる。しっかりとした原作があり他人の書いた脚本の映画しか監督させてもらえないようになる。(ここら辺の事情はあくまで私の想像ですが)
そんなわけで『フィッシャーキング』を撮るわけですが、現代が舞台の作品という事もあってギリアム的なセンス・オブ・ワンダーな場面のあまりない作品になってしまう(駅のダンスシーンはギリアムっぽかったけど)。映画は事態はそんなに悪くないのですけど、やっぱ物足りない。
次も原作付きの『12モンキーズ』を撮る。こちらの方はブラッド・ピットの好演もあり、押さえ気味だけどギリアム的な要素がいくつもあった。しかしまだ物足りない。
次に『ラスベガスをやっつけろ』を撮るが、これは私は未見なので何も書けない。すごく見たいのだけど近所のレンタル屋に置いてない。そのうち必ず見ます。
そんな風にギリアムは『ワン・フロム・ザ・ハート』を撮ったコッポラ監督や、『天国の門』を撮ったマイケル・チミノ監督のように、「大赤字を出してしまった為に、その後不調になってしまった監督」の仲間入りをしてしまっていた。
しかしギリアムはそんな事で終わる監督ではなかった『The Man Who Killed Don Quixote』(間違っても『The Man Who arson Don Quixote』ではない)という10年も構想を練っていたドン・キホーテの映画を撮る事にするのである。この映画に関してあまり詳しい事は知らないがジャン・ロシュフォールがドン・キホーテを演じ、ジョニー・ディップがサンチョ・パンサを演じる。フランス人俳優とアメリカ人俳優がスペイン人を演じる事が自然なのか不自然なのか日本人の私にはわからないけど、これ以上完璧な配役があろうかというような感じ。しかもギリアムはハリウッドからの束縛から逃れるために、この映画をヨーロッパ資本で撮ろうとする。ギリアムが一番撮りたいものを自由に撮る。『The Man Who Killed Don Quixote』はギリアム的なセンス・オブ・ワンダーの復活どころか集大成になるのではないか! と思われたが、なんと! 様々な問題に打ち当たりこの大作は撮影開始6日目にして頓挫してしまう。
ここら辺の詳しい話はこの映画の企画から撮影風景までを撮ったドキュメンタリー映画『ロスト・イン・ラマンチャ』に詳しく描かれているらしいが私は未見。ぜひ見てみたい。
そして『ブラザーズ・グリム』である。って前フリ長過ぎだよ。
ほら男爵でコケてドン・キホーテで絶望したギリアムの次作がグリム兄弟である。なんかすごく妥協してしまった様な感じはするけど、『バロン』的な映画の香りがしなくも無い。そん感じで少し期待して見ました。
結論から言うと、つまらないです。ドイツの18世紀ドイツの寒々とした雰囲気は良くて、配役も悪くないんですが、いかにもハリウッド映画的エンターテイメント。もうこの程度の映画を見ても面白くありません。いくつかのシーンは空回りしているし、取ってつけたようなグリム童話ネタをちりばめても、だから? って感じ。ヨーロッパ資本で撮れなかった『The Man Who Killed Don Quixote』をいつか物にするために、今はじっと我慢してハリウッドに従順なフリをしているとしたらギリアムはえらいけど。
ラストは当然のようにハッピーエンドで終わった。最後にのカラスが掴んでいたものと、字幕に出た言葉が唯一のギリアムのハリウッドに対する抵抗だったような気がする。
やっぱドン・キホーテが見たい。
DVD: バンデットQ-Magical ed.- |
DVD: 未来世紀ブラジル スペシャル・エディション |
DVD: バロン |
DVD: ロスト・イン・ラマンチャ |
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