『ラストハイウェイ』Miruz

ラストハイウェイ

Miruz
ゴォォッーーーー
大きなエンジン音とともに、トラックの荷台が迫ってきた。
「危ないッ」
慌ててハンドルをきった。
「クソットラックがァー」
危ない危ない。後ろから追い越し車線を走ってきたトラックが、オレの車を抜いているときに、とつじょ幅寄せをしてきて、危うく接触しそうになったのだ。
エルマークの宅急便のトラックめ。居眠りでもしていたに違いない。まったくヒヤッとさせられるぜ。これだからトラックはいやだ。運転手はもう少し自分のトラックの巨大さと、殺傷能力をしっかりと自覚して走るべきだ。ここは高速道路なんだからなおさらだ。いくらオレの車が軽自動車で小さいとはいえ、派手な赤色なんだ。気がつかなかったとは言わせないぞ。トラックは猛スピードを出していたらしく、もう見えなくなっていた。


とても暗く、濃い闇の中を走っていた。
自分の車のヘッドライトと、まばらに立っている照明灯だけが、高速道路のガードレールとセンターラインを照らしている。それ以外は暗闇が、周りに見えるはずの風景をすべてつつみこんでいた。他に走っている車はまったく無い。対向車線もどこを走っているのか闇に隠れてわからなかった。
「もうそろそろ、インターチェンジが見えてくるはずだけど」
さっきのトラックの恐怖、それと暗闇と寂しさに対抗するために、あえて声を出して言ってみた。
もう夜中の2時をまわっている。とっくに目的のインターに着いてもいい時間ではないのか。道路案内の標識もさっきから見あたらない。初めて通る道だが、一本道の高速道路を走って来たのだから道に迷っているはずはない。しばらく行けば見つかるのだろう。
「ネガティブに考えてもこんな寂しい道じゃ気がめいるだけ、明るく考えよう」そう自分に言い聞かせた。
古い友人に会いに行くんだ。朝までに着けばいいし。


しばらく走っていると、パーキングエリアの標識が見えた。ちょうどトイレに行きたいし、気分転換に立ち寄ろう。パーキングエリアへ続く道へハンドルをきった。
深夜だからなのか、エリアには他に一台の黒い車が停まっているだけだ。それ以外は見当たらない。パーキングエリアと言っても、サービスエリアのようにレストランや売店などが有るわけではない。ただ広い駐車場とトイレ、それにいくつかの自動販売機と公衆電話機があるだけの地味な場所だ。照明も心細く照りつけているだけで、とても寂しい場所に思えた。
さっさと用を済ませて目的地へ急ごう。そう思い車を降りた。車外はとても肌寒く感じる。風が吹いていないのがせめてもの救いか。速足でトイレにむかった。
トイレに入ると手洗い場に一人の男が立っていた。外の黒い車の持ち主であろう。黒く長いコートを着込んで、黒い中折れ帽子を目深にかぶった背の高い男だ。古いマフィア映画のようなヤツ。思いながらオレは奥の方の便器へ行き用をたした。サービスエリアのトイレほど広くないのがせめてもの救いだ。あんな広いトイレで寂しく用をたしていたのでは、妙に落ち着かないからな。
手洗い場に戻るともうコートの男はいなかった。手をさっさと洗いトイレを出た。やはり外は寒い。
温かい物でもでも飲もうと思い、自動販売機で缶のホットコーコーを買った。手に取ってみると全然あったまっていない。
「チェッ、ついてないな」小声でつぶやきながら車にむかった。
先程の黒い男が黒い車の前に立っていた。何をしているのだろう。ただ突っ立ているだけだ。連れの者がまだトイレに入っていてそれを待っているのだろう。漠然とそう思いながら自分の車に乗り込んだ。
「さて、こんな暗い高速道路とは早くおさらばしないと」
いいながらキーを回してみると、キュルキュルっとセルモーターの音がするだけで、いっこうにエンジンがかからない。ガソリンメーターを見てみたが、針は真ん中あたりを差している。ガス欠ではない。故障でもしたのか。さっきまで普通に動いていたのに。
「ふっー、まったくついてないな」
ため息を漏らしながらボンネットを開けて車外へでた。取りあえずエンジンを見てみる。もともと車の構造に詳しいわけではない。中を見ても故障の原因なんてまったくわからない。途方にくれていると先ほどの黒い男が声をかけてきた。
「どうしたんですか」
黒ずくめに、にあわず優しそうな声だった。
「どうやら故障のようなんです。でもどこが故障なのかさっぱりわからなくて」
「それはお困りでしょう、しかしあいにく私も車には詳しくなくて」
セルモーターは回ってるんで、バッテリーが切れているわけではないと思うんですが」
「ガソリン切れでもない」
「ええ、まだたっぷりあるようです。まぁしょうがないです。電話で助けを呼びます」
そう言い残しオレは公衆電話機にむかった。受話器を取りコインを入れた。受話器にはなんの反応もなかった。壊れているのか。試しにプッシュボタンを押したが何の音もしない。受話器をかけ直し、何度もコインを入れてみた。不通のままだ。あきらめて車に戻った。男はまだそこにいる。
「なんか電話も壊れている見たいです。携帯電話も持っていなくて、どうしていいものやら」
「そうですか、あいにく私も携帯電話は持っていなくて。同僚はしきりに進めるのですがどうも好きになれませんでね。どうですか、近くのサービスエリアまで私が乗せていってあげましょう」
こんな深夜じゃ他に方法は無かろう。
「すいません。ご迷惑じゃ無いでしょうか」
「困ったときはお互いさまです。さ、こちらの車に乗って下さい」
男は飄々と車に乗りこんだ。よく見るとその車はやけに古いタイプのデザインをしていた。年代物だろう。助手席に座ってみると、車は左ハンドルだった。外車なのだろう。


高速車線に戻る。相変わらず闇が続いている。考えてみれば、今どこらへんを走っているのだろう。この男なら知っているだろう。
「ここら辺りは何という所なんですか。さっぱり分からなくなってしまって」
「そうですね、もうすぐ『めいふ』と言うところに着くはずなんですけど」
聞いたことの無い地名だ。やはりどこかに分かれ道があって、間違った方に進んできてしまったに違いない。こんなに暗い夜だ、そんなこともありえるかもしれない。
しばらく沈黙が続いた後に男が話しかけてきた。
「あそこで私に会ったのは偶然だと思いますか」
突然何を言いだすのだろう。
「どういう意味ですか」オレは警戒しながら答えた。
「もし私が、あなたをあそこで待っていたとしたらどう思います」
どういうことだ、オレを待っていただなんて。もしオレが今日この高速道路を通ることを知っていたとしても、あのパーキングエリアに入ったのは偶然だ。それを待ちぶせる何てことは可能なのか。
「待っていたとは、あなた何者なんですか。オレとどういう関係が」
警戒しながら訊ねると、男は表情一つ変えずにこう答えた。
「まぁ、あなたのような方には少し酷ですが、実物を見てもらうのが一番でしょう」
何を言っているのだ、こいつは。そうか、オレを待ちぶせしている人間が複数いて。すべてのサービエリアやパーキングエリアで待ち受けているとしたら、オレを捕まえることは可能だ。でもなぜ、何のために。オレはにはこの男にまったく見覚えもないし、つかまる理由も考えられない。単なる平凡な男のはずだ、オレなんて。
「いいですか、前方をよく見てください」
男がキッチリとした口調で言った。
前を見るといつの間にか赤いライトがいくつか点滅しているのが見えてきた。近づいてくるに来にしたがって、それは停車しているパトカーの非常灯の明かりだということが分かった。その向こうに救急車も見える。さらに近づくとその後ろにトラックが停まっているのが見える。しかもそのトラックの荷台にはカエルの宅急便のマークが付いている。
「あっ、あのクソトラック、ついに事故を起こしやがったな」
オレはそれまでの黒い男とのやり取りを忘れて叫んでいた。さっきの暴走トラックに違いない、いったいどんな事故を起こしたんだ。
事故現場に着き、その脇を通り過ぎようとしたその瞬間、黒い男が叫んだ。
「ほら、ココをよく見て」
パトカーと救急車の影に一台の車があった。無残にも半分につぶれた赤い軽自動車が。そして救急隊員たちが、車の中から血だらけになった男を引きずり出そうとしていた。
その血だらけの男の顔を見た。その男の顔はオレの顔だった。車も赤の軽自動車。潰れているとはいえ見覚えがある。
何が起きたのか理解できなかった。だいたい事故で倒れていたオレそっくりの男は何者なんだ。茫然としていると、黒い男が優しく語りかけてきた。
「まだわかりませんか、今見たことが現実です。あそこで倒れていた男、あれはあなた自身なのですよ」
「どういうことなんだ、まったくわからない」
「まだあなたは、自分の身に起こったこに気づいていないのですね。今走っているこの道は冥府、冥界、つまり死者の国へ向かう道なのです」
からだが、つめたく冷えていくような気がした・
「いいですか、あなたはあの時、トラックが幅寄せしてきたとき、そのトラックにつぶされていたのです。つまりあなたはすでに死んでいるんです」
そして黒い男はつづけた。
「無理もないですよ、突然の出来事でしたから、自分の死に気づいていないのです。だから生前のように車を走らせ続けていたのです。おかしいとは思いませんでしたか」
この男は死神だったのか。暗澹たる思いのまま前を見ると、すでにヘッドライトも照明灯の明かりもなく、だだ暗い冥暗の中を車は進んでいた。
Last highway
1999/10/23初
2001/10/14改