『ブラックホール』Miruz
Miruz
（以下、ｅメールより転載）
差出人：SoMo
宛先：
件名：ブラックホール
その黒く丸い点のようなモノを見るようになったのは、6月も始ったばかりのころ。梅雨時でジメジメとしたいやな季節だった。
始めは目の錯覚、残像のようなものなのかと思った。しかしそれを見た後に、彼女は僕のもとから消え去ったのだ。僕は彼女を愛していたのに、とても強く愛していたのに。でも消え去ってしまった。
それ以来何度もその黒い点は、目の前の空間に突如あらわれて、僕を驚かした。ぼやけているわけでもなく、クッキリとした輪郭をもったその黒い点のようなものが見えると、その後何か自分の身の回りのモノが一つずつ消えていくようになってしまったのだ。
理由などはまったくわからない。そんなことが現実に起こるなどということは、ありえないと思うかもしれないが、実際二度目に黒い点を見た後、ポケットに手を入れたら、財布が消えていた。もちろんそれまで歩いていた道を引き返し、丹念に財布を探したし、立ち寄った店にもすべて行って、たずねてみたが、財布は見つからなかった。警察には届けたが、いまだに財布が見つかったという連絡はない。
その頃だった僕の部屋で異臭を感じるようになったのは。
その後も何日かごとに、黒い点は現われた。そのたび何かが消えうせていく。お気に入りの本が消え、ＣＤが消え、そして彼女の写真まで消えていった。黒い点が見えた後でも、何も消えていない事も何度かあった。だが、それは恐らくボールペンとか消しゴムとか古い靴下とか、そんなどうでもいいモノが消えていたに違いない。
とにかく僕はこの異常事態に困惑した。あの黒い点はブラックホールなのだろう。何でも吸い込んでしまうブラックホールなのだ。そして、黒い点を見るたびに、部屋の異臭も強くなっていった。
そんなことが起こり始めて、僕もだいぶまいってしまっていた8月の中ごろ。黒い点が見えたとき、今度は物では無く、なんとビデオテープの画像が消えていた。彼女と一緒に撮った、思いでの映像が消えてしまった。テープじたいは残っているのに画像だけが消えていたのだ。
その頃になるともう部屋を満たしていた異臭には慣れてしまったのか、それ程苦にならなくなった。
今、僕がこのメールを書いているのは、状況がエスカレートしてきているからだ。二日前の８月２９日に黒い点が見えた。その後、僕から声が消えてしまった。この事を誰かに話すことは出来なくなってしまった。だから文章にして残すことにした。これをメールにしてあらゆる所に送ろう。そうすれば、たとえ僕が黒い点を見たとしても、一通くらいは消えること無く誰かに届くだろう。事態は急を要する。この文章を書き始める少し前。黒い点が現われて、そして僕から音までも吸い取ってしまった。このまま行くと次は視覚を吸い取られるかもしれない。そんなことになったら、もうメールも出せない。
しかし僕はそんな事よりも、もっと恐ろしい事を考えてしまう。それはこの僕の記憶から、彼女との思い出を吸い取られやしないかと。そんなことになったら僕は
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
SoMo
somo@****.ne.jp
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
私はこのメールを送信した人の事はまったく知らないし、どんな人物かもわからない。恐らく私のこのブログを見つけ、それに載っているメールアドレスを見て送ってきたのであろう。
少し気になったので、その後、新聞社のニュースサイトをチェックしていたら、数日後に奇妙な事件を見つけた。
（以下、記事より転載）
＊＊県警捜査１課と＊＊署は４日、＊＊市に住む、元印刷工、Ｍ・Ｓ容疑者（２３）を殺人および死体遺棄容疑で逮捕した。
調べによると、Ｍ・Ｓ容疑者は６月１日から同月7日ごろにかけて、自宅で、当時恋人だった、Ｓ・Ｒさん（２４）（＊＊市＊＊町）を首を絞めて殺害し、遺体を自宅の寝室に放置していた疑い。調べに対し容疑者は放心状態で口も聞ける様子ではないという。近いうちに精神鑑定の予定。
（以下省略）
そう、知っている人もいるかもしれない、あの例の事件の事なのだけど、私の所に届いたメールとの関連は何一つ分かりません。たぶん、私の考え過ぎだと思います。
●
Black hole
2001/07/22初
2006/10/21改2001/07/22初
