『本の読み方 スロー・リーディングの実践』平野啓一郎 #04

川端康成の文章のミスを使った問題が出されていた。「さようならを言おうとした」のと、「うなずいた」のは誰かという問題だった。一読、流れからして二つとも”踊子”だと思ったが、注意深く読むにつれて”私”ではないかと思ってしまった。正解は踊子。
これは助詞に注目するというスロー・リーディングの鉄則を応用し、「私が…」と書かれているか「私は…」と書かれているかで判断すればわかるということだった。
伊豆の踊り子』は「私」の一人称で書かれているが、踊り子の心情を解説してしまう様な、三人称になってしまうときがある。これは正確には間違いなのだけど、

私たちは、コミュニケーションの中で、ある程度暴力的に相手の心情を仮定するという作業を日常的に行っている。そして相手の言動から、その仮定を微調整する。

わけであって、それが推量であることは読者にとってすでに了解済みのことであるために大きな間違いではない。
言葉によって他者とかかわり合うには、常に「事実」と「推量」との間の曖昧な仮定に基づいていることを理解しておく。

本を読んでいて、別の本が思い浮かんだら、それらを比較し、類似点、相違点を考える。相違点が多い場合でも、テーマを設定し、自由に連想を広げて比較してみる。たとえば『蛇にピアス』と谷崎潤一郎の『刺青』とでは身体改造という行為がどのような意味を持っているのかについて考えてみるなど。
この小説には体感的表現が随所に散りばめられている。中心をなすのは「痛み」で、その「痛み」をどう感じているかで他者との関係を暗示している。また、作中ではこの「痛み」の増幅がピアスのゲージの級数によって数値化されているというところが面白い。
論理的に考えるだけでなく、作品そのものを「体感」するのもスロー・リーディングの方法のひとつ。

蛇にピアス (集英社文庫)
本の読み方 スロー・リーディングの実践 (PHP新書)